ユング心理学の世界へようこそ

不思議な共通点

師であるフロイトと決別し、ユングは失意のどん底にありました。

 

そんな中、第一次世界大戦が勃発します。
彼も戦争と無関係でいられるハズはなく、

スイスに逃れてきた外国兵たちを収容する施設の軍医を命ぜられます。
決して、明るい毎日ではなかったことでしょう。

 

当時のユングは、毎日ノートに
「円」を描くことを日課にしていたのだとか。

試しにみなさんも、鉛筆で紙に円を描いてみてください。
「うまく描けない」と苛立つと、ますます円の形は歪んでいきませんか?

 

ユングの体験によれば、心が不安定な時にはいびつな円になり、
心が安定している時には

左右対称のバランスの良い円を描くことができたといいます。

 

そしてやがて、この「円を描く」という行為には、
自分自身の中に存在する「対立する2つの要素」を

一つに統合する意味があることに気づいたのです。

 

それは例えば、「明と暗」「男性性と女性性」「理性と情熱」…etc。
いずれも、2つの要素がバランスよく現れてこそ

自分も他人も気持ちよく過ごせる要素ですよね。

 

自らが何気なく行っていた行為が持つ大きな意味に気づいた時の
ユングの高揚を想像すると、なんだか胸がわくわくしてきます。

 

しかも不思議なことに、東洋思想においても
「円」は非常に重要な意味を持っていたのです。

 

それが、「マンダラ」
マンダラ

 

マンダラとは、仏教の世界観を表現したもので、まさに「円」。
瞑想や祈祷の道具としても用いられます。

 

自身が描いた円とマンダラの間に共通点を見いだしたユングは、
以後、東洋思想にのめり込んでいくのです。

東洋思想とは?

ところで、東洋思想とはどのような思想のことを言うのでしょうか?

 

「東洋」とは、言うまでもなく「西洋」に対するものとして生まれた概念。
ヨーロッパ人から見て「東洋思想」と表現する時には

エジプト、インド、中国といった
広範囲の地域に渡って成立した思想を指します。

 

東洋思想の特色は、西洋思想との比較で語られることが多いようですね。
例えば、西洋思想が合理主義に基づく思想であるのに対して、

東洋思想の特色は非合理主義であると言われることが多いようです。
ごく分かりやすい例を挙げるとするなら、

抗生物質と漢方薬の違いでしょうか…。

 

ただし、この「西洋思想vs東洋思想」の問題は、
「どちらが優っていてどちらが劣っている」

…という議論に帰するべきではなく、
「それぞれの独自性を重んじて可能性を探っていくこと」が大切なのです。

 

ちなみに、東洋思想の中でもユングが特に興味を抱いたのが仏教。
仏教はインド哲学 の一種で、現実世界を「苦」と見るのが特徴的です。

「生きることは苦である」ことを受け入れ、
哲学的思索や宗教的実践によって

いかにその苦の輪廻(りんね)の世界を脱するか。
解脱(げだつ)の境地を実現しようとするのが、仏教の修行なのです。

 

仏教の教えとしては、次の4つの心理と、8つの実践法が有名です。

 

【四法印】
釈迦(仏教の開祖)が体得した四つの真理。

 

一切皆苦:
人生は苦に満ちており、思うままにならないものである。

 

諸行無常:
全てはただ流れ、移ろいゆくものである。

 

諸法無我:
存在するものは永遠ではなく、また、自分のものでもない。

 

涅槃静寂:
苦を克服した悟りの境地。

 

道諦:
涅槃にいたる真理の道を実践する→具体的には八正道で示される。

 

 

【八正道】
悟りにいたるための実践的な方法。

 

正見:
現実を正しく見る

 

正思:
正しく思考する

 

正語:
正しい表現・嘘をつかない

 

正業:
正しい行為

 

正命:
正しく生活する

 

正精進:
正しい努力

 

正念:
自覚

 

正定:
正しい瞑想・集中

錬金術との出会い

東洋思想に傾倒していた頃、
時を同じくしてユングは「錬金術」に出会います。

 

錬金術とは、水銀や硫黄などの卑金属(空気中で熱すると簡単に酸化される金属)から、
金や銀といった貴金属を作り出す技術と、宗教・哲学が結合したもの。

古代から続いてきたもので、
「祈りや瞑想の力で、金や賢者の石を作り出す」

という技法です。

 

※賢者の石とは?
卑金属を貴金属に変えることができると信じられていた石。

 

錬金術師たちは、祈りながら様々な物質を混ぜ合わせたり、
熱や圧力を加えてみたり…。

ある意味、化学実験のようなものです。

 

実際、現代の化学の基礎は錬金術ですから!
「異なる物質の結合」という意味では

いわゆる「化学」(近代科学的な意味での)なのです。

 

ユングはここに、「心の中の異なる要素の結合」を重ね合わせ、
錬金術と心理学の共通点を見出したわけですね。

 

研究の成果としては、1944年には『心理学と錬金術』、
1955年には『結合の神秘』という著書を発表しています。

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